見上げた梅雨空は、

interview, Jun. 2019

ナカセコ エミコ

生まれてから60年、その間ずっと中目黒に住んでるけど、それにしてもこの街はこの数年でびっくりするくらい変わった。

春先、目黒川沿いに突如そびえ建った何だかスペシャルなスタバは、いつ行っても観光客でいっぱいで、近所に住む私がふらっと入るにはまだまだ時間がかかりそうな気配。

春は特に、目黒川の桜が有名だからね。でも中目黒って実は古くからの商店街があって、意外と下町感溢れる親しみやすい街なんだ。私の母も昔、ここで小料理屋を営んでた。

おしゃれな建物やお店が急激に集まってきたけれど、ベースは人情というか。だから、この人生私は結局、中目黒を離れたことはなかった。

春が人気な中目黒に、梅雨がやってきたけれど。この季節になると、小学校とか高校とか、学生時代を思い出すな。

小学校時代は、梅雨時のグレーな雨雲みたいな日々だった。

勉強はできたし、いじめられるということはなかったけれど、とにかく学校が画一的でおもしろくない世界。早く家に帰りたかったし、家で飼っていた犬と遊ぶほうが人間の子どもと遊ぶよりよっぽど楽しかった。

好奇心が強くて、一人でずっと絵を描いたり、蟻や蛙を見たりしてた。どちらかというと変わった子どもだったというか。

ヤモリや蛙を飼ってて、ヤモリは首に紐をつけて一緒に散歩したりしてた!後生大事に育てて、餌になるコオロギにカルシウムの粉をまぶして食べさせたりしていたくらい。

でもある日小学校に行っている間に、近所に住むいとこが何の気なしに、私のヤモリを捨てちゃって。いつものように帰ったら、大事なヤモリがどこにもいない。あちこち探したけれど、ついに出てこなかった。

いとこの仕業だとわかった途端、私は迷いなくいとこのカバンをゴミ箱に投げ捨てた。みんなあっけにとられていたけど。

今もそうなんだけど、悪意があろうとなかろうと、弱い生き物をいじめる者に私はものすごく怒りを感じるタイプなんだと思う。

中学校はのびのびした校風で楽しかったけれど、高校はまたつまらなくなっちゃった。鬱々とした梅雨空のような日々が長期間続いて、いつも心が晴れないというか。

小中高は早く大人になりたいといつも思ってて、居心地の悪さを感じていたっけ。

大学は美大に進んだんだけれど、そのとき、「あー、思い切り息が吸える」と本当に感じられた。私はこのままで、生きていていいんだって。

それで、もともと絵が好きだったけど、パルコや西武がかっこいいグラフィック広告を出して世の中がポスター広告に力を入れ始めた時代だったから、グラフィックデザインの道を選んだんだ。

でもね、広告プロダクションで車の大手メーカーや銀行のポスターをつくるのは楽しかったけど、なんとなく「このままだと、早くおばあちゃんになっちゃいそうだな」と思って4年で辞めた。

それでふらっとニューヨークに行って、街や建物をたくさん見て回っているうちに次は「空間」だ、と直感して、帰国してすぐインテリア会社に就職したの。

それからはあっという間に7年が経って。それまでは忙しくて、どちらかというと自分がピンときた方向へどんどん前に進んでく生き方をしてたんだけど、それを変えようってなったのが母の病だった。

それで組織で働くことを30代で卒業して、フリーのインテリアコーディネーターをしながら後悔なく母を看取ることができたんだ。今考えてもいい選択だったと思う。

母が亡くなってからも、フリーという働き方はもうずっと変えてないんだ。いろんな縁が重なって、今は小さな子どもたちにアートを教える教室を開きながら、学生を相手に専門学校の講師をしてる。

幼いときや学生のときって、自分で自分の場所を選ぶにも限界があるじゃない。うまくハマればいいけれど、ハマらなかった場合、じっと我慢してやり過ごさないといけない。

そこからはみ出しちゃう子はまだいい。だけど、本当ははみ出したいのにそうできないでいる子って、今の時代もけっこう多いと思う。

私が昔感じてた鬱蒼とした梅雨空のような思いを、我慢しなくてもいいんだって。そうやってのびのびと、思い切り息をしていい場所を子どもにも私自身にもつくりたくて、この仕事にたどり着いたんだと思う。

こうやって私の人生、ずっと自分自身が生きやすい場所を求めて、仕事を変えたりつくったりしてきたけど、でも住む場所としての居場所は、ずっと変わらず中目黒。悲喜こもごも、全部ここにある。結局ホームタウンなんだ。

そうそう、中目黒ってさっきも言ったように桜が綺麗でしょ。でもこの間、家のそばに生えていた桜の木、それはそれは美しかったのに、街の整備のために枝が無残に刈ら切られてて。木肌が痛々しく見えてなんだか桜が泣いているようだった。かわいそうに。

そのとき、昔可愛がっていたヤモリが知らないうちに簡単に捨てられてしまったときに感じた、やり場のない憤りと哀しみがなぜか蘇ってきて。自分の本質的なところは、ずっと変わっていないんだなって。

人でも動・植物でも、ささやかに懸命に、でものびのびと生きている命の想いや現象を、ちゃんと愛おしんだり掬い上げたりしたい。

それを許さない環境、つまり学校とか仕事とか街とかに対しては、怒ったり、悲しんだりできる自分でずっといたいなあ。

もういい大人になったから。見上げた梅雨空は、風情もあるし、決して悪くないなあって思うんだけど、それは眺める場所を自由に選べるからであって。

無理強いされて見上げる梅雨空は、やっぱりちょっとしんどい。

あ、また雨が降ってきた。どこかでコーヒーでも飲みながら、雨宿りしようか。

インタビュイープロフィール
ながしませつこ

1959年、東京都生まれ。生粋の中目黒生まれ、中目黒育ち。
還暦にはとうてい見えない奇跡の60歳だけれど、まちがっても美魔女系ではない。
アートスクール主催、ものづくり専門学校講師。
多摩美術大学卒業。組織勤めを二社経験後は、長らくフリーランス。
好きなものは、両生類とモダンな雑貨。
落ち着いてみられるけれど、基本的に江戸っ子気質で喧嘩っ早い。

written by

ナカセコ エミコ

(株)FILAGE代表。
https://www.filage.co
書評家/絵本作家/ブックコーディネーター 。 女性のキャリア・ライフスタイルを中心とした書評と絵本の執筆、選書を行っている。 「働く女性のための選書サービス」“季節の本屋さん”を運営中。

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