お姉ちゃんの栗ごはん

fiction, Oct. 2019

上田聡子

下の息子を抱っこしながら、上の娘を叱る。娘が部屋中に散らかしたおもちゃと、取りこんだ洗濯物で、部屋の中は荒れ放題。娘は四歳、息子は二歳だ。夫は九州に一週間の出張中で、その間ひとりきりの育児の大変さが、つくづく身に染みる。

伏せて床に置いてあったスマートフォンが、リロン、と鳴ってメッセージが届いたことがわかった。さっき私が送った「お姉ちゃん、助けて」という言葉に対しての返信だった。

「夕ご飯つくってきてあげるね!」と画面に並んだ文字に、私は泣きたいくらいの安心を覚えた。

子どもたち二人がやっと昼寝についてくれた午後四時過ぎ、姉がマンションに現れる。

「あらー、実和も温人(はると)もおねんねの時間か。それはそうと、夕食ヘルプに来ましたよ」

姉はそう言って、風呂敷包みを開いて塗りのお重を取り出した。料理が苦手な私と違って、姉はとてもお料理上手だ。料理をすることが一番のストレス解消、といって過言ではないらしい。

「こっちがね、筑前煮でしょ、あと、サンマを甘辛く煮たのでしょ、それと――」

姉が残るひとつのお重を開けたとたん、私は子どもたちが起きないように口を押えて喜んだ。

「わぁ、栗ごはん!」

大粒の栗が、ほかほかのご飯にたくさんうずもれている。立ち上る栗の香を、私は思いきり吸い込む。

「あなた、子どもの頃から好きだったでしょう。ちょうど職場の人からね、栗をいっぱいもらったから炊いたのよ。私と夫だけじゃ食べきれないから、あなたたちに届けられてよかった」

私よりも8歳上の姉には、子どもはいない──望んでいたが、できなかったのだ。子どもがいたらさぞいい親になっただろう、と誰もが思うような人なのだが、最後まで姉のもとに、コウノトリはやってこなかった。

それでも、私たち妹家族のために、「実和や温人が喜ぶのが嬉しいから」といって夕食を差し入れしてくれる、とても優しい姉だ。

「お姉ちゃんに、何かお返しできたら、っていつも思ってるんだけど」

そういう私に、姉は苦笑する。

「バカねえ。家族なんだから、甘えていいんだよ。だいたい、お父さんもお母さんも、東京まではなかなか出てこられないんだから、私を親代わりに思いなよ」

北陸の小さな田舎から、私と姉はそれぞれに東京に出てきて、職と伴侶を得た。結婚後も、私たちは比較的近くの街に住み、こうして姉妹の交流をしている。

心のなかで、そっと思う。

いつだって、人生のことあるごとに、私を助けてくれた姉だった。中学生のときクラスメイトにいじめられていたときも、高校生のとき彼氏と出かけて父にどやされたときも、みんな姉がかばってくれた。

「お姉ちゃん」

「なぁに」

「お姉ちゃんに何かあったら、いつでも話聞くから。私を頼ってね」

「そうか―、あなたも大人になったねえ。じゃあ話しちゃおうかな、職場でこんなことがあってね……」

姉はそう言うと、彼女の職場であった困りごとについて口を開きはじめた。

自分に悲しいことがあってもめったにさらけだせない姉の、心の痛みにいつでもよりそえる家族でいたいと思う。

ダイニングテーブルの向かい側に座って話をする私たちのそばで、ごはんのなかの栗が、つやっと黄金色に光っていた。

written by

上田聡子

能登生まれ→東京の大学に進学→現在は富山在住の三十代。文章を書くこととごはんをつくることが好き。
現在小説やエッセイをnoteにて発表中。 日々のささいなことに光をあてて、温度のある言葉をつづりたい。

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