花火大会の夜につなぐ

essay, Jul. 2019

Saya Ichikawa

両親が離婚をして、わたしがじいちゃんとばあちゃんの家に引っ越してきたのは三歳のときだった。ほとんど家にいなかった母の代わりに、わたしと弟の面倒はふたりがみてくれた。

耳が悪かったじいちゃんと声が小さかったばあちゃんは、話が噛み合ずよく喧嘩をしていた。喧嘩をしながら、お互いの言っていることが上手く伝わらないことに最後は笑い合っていて、仲が良いのか悪いのかわからなかった。

ばあちゃんの家の近くには安倍川橋というエメラルドグリーンの橋が架かっていて、毎年7月の終わりにその橋のたもとで花火大会が開催される。通称「あべはな」と呼ばれる、静岡市内で最大規模の花火大会。その日だけ家の周辺が人で溢れかえる。

まだ花火大会が始まる前、ちょうど交通規制が始まって、露店がそれらしく準備を始める17時ごろ。子供のころは、その時間に外に出て着々と進むお祭りの準備を見ているのが好きだった。

花火の打ち上げ開始より少し前に、じいちゃんに手を引かれて露店を見に行く。花火大会の雰囲気に気前が良くなったじいちゃんは、焼きそばやイカ焼きを買ってくれた。どうしてもやってみたくて、ねだった金魚掬いで連れて帰った金魚は10年間生きた。

こんな身近に、当たり前のように花火大会があったせいで、わたしはあべはな以外の花火大会に行ったことがない。

一度だけ、あべはなの夜にじいちゃんとばあちゃんが手を繋いでいる姿を見た。毎年、その夜だけ家の前に置かれる、じいちゃんが拾ってきたベンチに座って花火を見ていたふたり。顔を見合わせるでも会話をするわけでもなく、真正面を向いたまま、向かいの家の間から見える花火をじっと見つめていたふたり。

じいちゃんとばあちゃんの手は、触れ合っていることが辛うじて相手に伝わるくらい、微かにしか重なっていなかった。「手を繋いでいる」と言うには心もとないくらいだ。

それでも、遠目に見ても、わたしには確かに繫がっているように見えた。

18歳でじいちゃんとばあちゃんの家を出てあちこち転々としていたわたしは、5年前にまたじいちゃんとばあちゃんの家に戻ってきた。認知症になったばあちゃんの面倒をみるために。徐々に記憶をなくしていくばあちゃんは、わたしのことを孫だと忘れてもじいちゃんのことは忘れなかった。

ばあちゃんが亡くなったとき、わたしは不謹慎にも「ばあちゃんはじいちゃんを連れて行くかもしれない」と思った。あべはなの夜、ゆるく繫がっていたふたりの手は離れられないような気がしたからだ。ずっと、あの夜の光景が忘れられなかった。

結局、元気だったじいちゃんにもガンが見つかって、ばあちゃんが亡くなってから一年も経たないうちに亡くなった。

じいちゃんが亡くなった数ヶ月後、熊本地震が起きた。その年のあべはなの夜、わたしはフィルムカメラを片手に会場へと向かった。

人でごった返した河川敷で、花火大会が始まる直前、アナウンスがあった。人のざわめきとスピーカーの割れたような音でほとんど聞き取れなかったけれど、「慰霊と鎮魂」「熊本地震」という言葉だけがしっかりと耳に残った。

家に戻って花火大会の意味を調べてみて、日本各地で開催される花火大会の多くが、慰霊や鎮魂、復興の願いを込めて行われていることを改めて知った。それまでは頭の片隅に知識として入っていたくらいだったが、その本当の意味をこの日、初めてはっきりと意識したのだ。

花火大会。

あの夜、じいちゃんとばあちゃんは花火の下で手を繋いでいた。

そして今年も。友だち同士が、恋人が、親子が、夫婦が、誰かを想って見上げる花火の下で手を繋いでいる。

「まるでリレーみたいだ」と思う。

「もうここにいない人たち」を想って打ち上がる花火の下で、今、となりにいる人と手を繋ぐこと。亡き人への想いは、もういない人の想いは、こうして自分へ、そして次の人へ、次の世代へと受け継がれていく。

人と人は、繋がりを繰り返していく。

何年も、何十年も続く花火大会の夜に。

わたしは一番近くにいてくれたふたりを想い出しながら、今年も花火を見上げた。バトンを渡し終えたじいちゃんとばあちゃんは、今年も空の上から花火を見下ろしているんだろうな。

手を繋ぎながら。

安倍川花火大会

written by

Saya Ichikawa

記憶の記録のためにフィルムカメラで写真を撮り、言葉を残す兼業ライター。好きなものは古着とアンティーク と花と建築。古い物が好きなのに音楽はエレクトロニカが一番好き。
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