ひとりバレンタイン

essay, Feb. 2019

SAKI.S

子どものころ、成績表の評価欄にはよく「いつも笑顔ですね」と書かれていた。「いつも笑顔で誰とでも仲が良く〜」とか、「いつも笑顔でみんなに平等に接し〜」とか。自分でも確かに、よく笑っていた記憶がある。

平和な子ども時代を送っていた証拠でもあるが、もうひとつ、転校が多かったので人当たりの良い、フレンドリーな雰囲気を醸し出すのはいわば(大げさに言うとだが)生きていくために必須の技術でもあった。その筆頭に挙がるのが、笑顔でいることである。

大人になるにつれ、つまりクラスなるものから解放され、友だちを自由に選べるようになり、ひとりの時間が楽しくなるにつれ、いつしか「いつも笑顔ですね」とは言われなくなった。愛想笑いをすることが減り、それはそれで楽なのだが、とはいえ昔より笑っていないのもどうなのか。

そんなことを思いながら銀座を歩く。休日の銀座はホコ天になっていて、家族や恋人、友人と連れ添っている人が多い。夫が休日出勤になり、ひとりで歩いている自分はどことなく無表情になっていると気づいたのだ。

でもここへは目的があってきた。クッキーを買うのだ。以前、松屋銀座に行ったとき、どのパッケージもすべてりすの絵柄になっている、かわいらしいクッキーが売っていたのだ。

普段はコンビニのクッキーばかり買っているから、一箱1000円以上するクッキーは大変贅沢品なのだが、バレンタインにかこつけて買ってみようと思い立つ。「自分へのご褒美」というやつだ。

松屋銀座のデパ地下はさすが一等地ともいうべきか、見渡す限りおいしそうなものが並んでいる。きっとどこのデパ地下よりも、選りすぐりのラインナップなんだろう。

そんな一角に私が「りすのクッキー屋さん」と読んでいる西光亭がある。「結婚おめでとう」「出産おめでとう」と書かれた箱も多く、私の前ではギフト用なのか大量買いしている人がいた。その後ろで私は、どのパッケージにしようかと行ったり来たりを繰り返す。ダウンの下で汗をかきながら待ち悩んだくせに、結局一番定番の絵柄にした。

せっかくだからお茶を淹れてしっかり味わう。箱を開けるとふんだんに敷き詰められたシュガーパウダーの中に、くるみクッキーが控えめに入っていた。パッケージだけかわいくて、味はいまいちだったらどうしよう、いや、あの松屋銀座に入っているのだから大丈夫、という思考を行ったり来たりしながら、一粒目を口の中に入れる。

すぐにほろほろっと舌の上でほどけ、くるみの香ばしい味が後に残った。心配は杞憂に終わった。日本のクッキーはどれも全体的にあっさりとしていて、次から次へと手が伸びてしまうが、このクッキーはまさにそうだ。感想を言う暇もなく、ふたつみっつと口の中へ放り込まれる。心の中で、「かわいい〜おいしい〜甘い〜」と笑顔になっていることに気づく。

かわいいものに対してかわいいとか、おいしいものに対しておいしいとか、いかにも女子っぽくてなんだか嫌だなとも思う。でも心の中を笑顔にさせてくれていることは事実だった。顔に出ていなくても、心の中で笑っているなと気づいたら、それも笑顔にカウントすればいいだけだったのだ。

written by

SAKI.S

生まれたときから足に筋肉の筋が入っており将来はオリンピック選手かと渇望される。 小5のとき徒競走"Queen of the Queen"で優勝し、見事井の中の蛙と化す。 現在、自宅と実家の往復(400m)のみでその筋肉を使い、”猫に小判、Queenに筋(KIN)”と揶揄される。好きな食べ物はクッキー。

mono.coto Japan編集長/泊まれる自宅本屋 books1016。兵庫県加古川市出身、小中高を中国、アメリカなどで過ごす。
twitter: @monocoto_japan

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