冬至かぼちゃで『ほうとう』を

essay, Dec. 2019

風間梢

この街にはめったに雪が降らない。山梨県甲州市、といういかにも「山の中」といった名前で、しかも日本一高い富士山をはじめとする標高3,000メートル級の山々に囲まれているのに、だ。

それはもちろん、年が押し迫った師走でも変わらない。約60万人もの人々が暮らす甲府盆地は、今日もさんさんと降りそそぐ陽射しに包まれている。

12月。年の暮れ。そんな言葉が嘘に思えるほどに。

「でも師走と冬至らしく、かぼちゃは食べたいらぁ(食べたいよね)。ようめし(夕ご飯)にしてくりょう?(くれない?)」

「ほうけえ(そうかあ)。『ほうとう』に入れるわ」

そんな会話を母と交わしながら、すっかり葉っぱを散らせた葡萄畑の間を歩く。甲府盆地は日本随一の葡萄の産地であり、そこから醸されるワインが並ぶワイナリーや、ハイセンスなレストランが多数ある。でも、その隙間で暮らす私達は、「ずーずー弁」と呼ばれる甲州弁をコテコテに喋りながら、ワインや洋食レストランとは程遠い、山梨の郷土料理について話し込む。

『ほうとう』とは、太くて平たい麺を鍋で煮込んだ味噌仕立ての料理だ。

戦国時代に甲府を統治した武将・武田信玄公が陣中食にした、と伝わるだけに栄養もたっぷり。季節の野菜や肉を一緒に煮込んだ、目にも賑やかな一品で、現代でも日常的に食べられている。でも――

「わにわにしちょし?(冗談言ってるの?)『ほうとう』には元々かぼちゃが入っとうじゃん」

メインの太くて平たい麺を除けば、基本、なんでも入れていい料理が『ほうとう』なのだけれど、たったひとつだけ欠かせない具が、そう、昔と違って年中穫れるようになったかぼちゃなのだ。

かぼちゃの鮮やかなオレンジ色の果肉が、味噌入りの出汁に溶けて、甘さも旨みも渾然一体となる――それが『ほうとう』の絶対条件。そんな何よりも大切な具を、わざわざ「入れる」などと言う必要はない。

「ほんなこんいっちょし(そんなこと言わないで)、だけえいいんじゃんけ(だから良いんじゃないの)」

そう、これは私達甲州人の役得でもある。自然に、そして無理なく季節の風物詩を食べられるのだ。
春は山菜、夏は青菜、秋はキノコと、どんな具も『ほうとう』には合う。だから定番のかぼちゃを師走らしく増量しても、決して変じゃないし不味くもならない。

母の意図に気づいて、私は一転笑った。

「ほんじゃあ、皆吉に行くべえ(それじゃあ、皆吉に行こうか)」

『皆吉(みなき)』とは、葡萄畑のただ中にある、なんとも風情あふれる『ほうとう』専門店だ。築130年の古民家のお座敷で、四季折々の具を詰め込んだ『ほうとう』を頂ける。

そこらのスーパーで当たり前のように売っている麺でも作れるが、『皆吉』の『ほうとう』は味噌も出汁も自家製。「ほうとうをわざわざ店で食べるなんて」と笑い飛ばす甲州人でも、足しげく通いたくなる名店なのだ。

それは願ってもない、と、母も私の意図に乗ってくれた。

「えらい良いね!(すごくいいね!)」

師も走る、と言われるほどに忙しい師走。年末年始の準備に大掃除にと、日々あわただしい母にわがままを言ったからには、控えめに疲れをアピールした彼女を労わるべきだろう。

そう、二人前の『ほうとう』を注文するくらいの稼ぎは、社会人になったばかりの私にもある。

「日常食の『ほうとう』にかぼちゃを増やすだけで勘弁して」

と言った母に、ちょっとご馳走してあげるくらいには。

そして何より、『皆吉』の縁側からは雪をかぶった富士山が見えるのだ――まあ、甲州市からはどこでも富士山が見えるんだけど、師走なのにさっぱり冬らしくない天気がやや寂しい今日は、そんな「いかにも冬!」な景色にも癒されたい。

冬至かぼちゃに、雪の冠を頂いた富士。

雪が降らない街でも、毎日明るい陽射しが降り注ぐ盆地でも、これで師走に浸ることができる――そんな願ってもないイベントにワクワクしながら、私は母と共に足を速めた。

皆吉ホームページ

written by

風間梢

フリーライター兼カメラマン。
https:// www.lancers.jp/profile/soy773 コラム、ニュース、取材記事、小説、企画など様々に承っています。ジャンルは地域、食、伝統工芸、ヘルス、ビジネス、ITなど。

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