最後の陽

essay, Dec. 2019

saya

健康だけが取り柄です、とは言えないくらい幼少期から身体が弱かった。幼稚園の頃に初めての入院。学生時代はほとんど毎年インフルエンザにかかった。高校生の時に、骨から骨が生えてきて初めての手術を経験した。低血圧に偏頭痛、アレルギーも多く、自他ともに認める虚弱体質のわたし。

それでも、来年も再来年も「生きていること」は当たり前だと思っていた。

ある年の秋の日、初めて自分の命の期限を聞いた。夏から続いていた体調不良が限界を迎えて訪ねた病院で、思いがけない病名とともに伝えられた言葉。

「今年を越せる保証ができない」

そう言われた時のことは今も鮮明に覚えているけれど、その後のことはあまり記憶に残っていない。いまいち事態を飲み込めないまま、言われた通り入院の支度をして、言われた通りの治療を受けた。

最初はピンとこなかった命の期限。1ヶ月もするとその意味がわかるようになった。治すための治療のはずが、逆に身体がボロボロになっていく。治療するほうが悪化しているのではないかと思うような辛さに「今年は越せないかもしれない」と、わたし自身もうっかり思ってしまった。

それなのに、不思議と涙が出たり感情的になったりすることはなかった。なかったというよりも、正直にいえばできなかった。物分りのいい患者を演じていれば、命と向き合わなくて済むような気がしたから。意図的に別の人格を作って本当の自分を葬る。

わたしなりの、逃げだった。

その年の12月、当時住んでいた東京に初雪が降った。

ずっと病室にいたせいで日付もわからなくなっていたけれど、検査室に車椅子で移動する途中、目に飛び込んできた雪景色が年の瀬を教えてくれる。

秋に始まった命のカウントダウン。

越せるかわからないと言われていた、その年のクリスマス。柄にもなく「健康な身体がほしい」とサンタクロースにお願いをした。

大晦日、日付が変わる少し前からイヤホンを付けて「ゆく年、くる年」にチャンネルを合わせた。テレビ中継が日本各地の寺や神社をつないで、それぞれの場所で鳴り響く除夜の鐘が映し出される。どことなく慌ただしく過ぎていってしまう師走から、切り離されたように静かで荘厳な夜の境内の風景。ひとつ、ひとつと除夜の鐘が響くたび、こんな緊張感のある年越しは最初で最後になりますようにと祈った。

と、ここまで重い話を連ねてきたのだけれど、今わたしは生きている。

それはそれは壮絶な治療と、良くなったり悪くなったり、入院と退院を繰り返しながら。

楽しかった美容師の仕事は辞めざるを得なくなり、婚約していた恋人は見ているのが辛くて支えきれないと言い残していなくなり、身体からは髪も筋肉も肌のハリもなくなり、高額な医療費のおかげであっという間に貯金は消え、家賃が払えなくなったアパートを引き払って地元に帰った。

何もかもなくしたけれど、命だけは残った。

「死ぬこと以外はかすり傷」という言葉があるけれど、当時のわたしは「生きてる以外は致命傷」という状況だった。それでも「ただ息をしているだけ」の自分になるのは、自分自身が許せない。

どうせ何もなくなってしまったのだから新しいことをはじめようと、わずかに残っていた貯金をはたいてカメラを買った。体力を戻すための散歩に、カメラを持ち歩いて写真を撮る。今も続いている趣味のひとつだ。

全く別の職種で新しい仕事もはじめた。同じ頃、年始にその年の目標を書き初めする習慣もできた。最初の2、3年は「生きる」と書いていたけれど、ここ数年は「自遊」「新世界」「貯金」と徐々に目標も変わりつつある。

今年の夏の終わりに、医師から初めて寛解を告げられた。病気の特性上、完全に治ったといえる完治にはならないけれど、病気の症状がおさまっていることを寛解と呼ぶらしい。

気がつけば、サンタクロースに健康な身体がほしいと願うことも、大晦日に除夜の鐘を聞きながら祈ることもしばらくしていない。

クリスマスには、全て受け入れてくれた恋人にわかりやすいプレゼントをねだるだろうし、大晦日は毎年日付が変わる前に眠ってしまう。いつの間にか、人並みに忙しく、慌ただしさのある師走を過ごせるまで、わたしの致命傷は回復した。

だけど、忘れてしまったわけではなくて。

今も12月は終わる瞬間まで少し怖い。

大晦日に海に行くことも習慣になった。家から車で一時間程走った遠州灘に私のお気に入りの海がある。夏場でも地元の人しか訪れないような静かな海岸は、冬場になると全く人の気配がなくなる。というのも「遠州のからっ風」と呼ばれる強い季節風が吹きさらす海岸の寒さと、巻き上がる砂嵐の激しさが尋常ではないからだ。

そんな静けさと荒々しさの二面性がある海を気に入ってしまった私は、毎年その海で一年最後の日を迎えている。

沈む夕陽を眺めていると、今年も無事に12月が終わりそうなことに安堵する。そして、今年も「生きた」自分を褒めて、来年も「生きよう」とひっそり心に誓いを立てるのだ。

また来年の今日も、ここで夕陽を見れますように、と。

written by

saya

記憶の記録のためにフィルムカメラで写真を撮り、言葉を残す兼業ライター。好きなものは古着とアンティーク と花と建築。古い物が好きなのに音楽はエレクトロニカが一番好き。
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note : saya

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