合言葉はフェスティナレンテ

essay, Sep. 2019

mao nakazawa

私が働いていた職場は神保町にあり、かれこれ6年間ほど通っていた。神保町は古本と喫茶店のある街で、仕事帰りにひとりで写真集を物色したり、職場の仲間たちと一緒にお茶をしたりと、社会人でありながら学生時代のような青春を過ごした大好きな街である。すこし古くて懐かしい空気が、思い出とともにいつも私を優しく迎え入れてくれる。

さて、そんな神保町の雰囲気をぎゅっと凝縮したようなお店が一軒ある。フェスティナレンテという雑貨屋さんだ。

FESTINA LENTE はラテン語で「ゆっくり急げ」ということわざ。すこしおかしな言葉だけれど、それが何だか神保町にもマッチしていると私は思う。ゆっくり進んだほうが自分の求めているものに早く辿り着く、といったような意味。日本語でいちばん近い言葉は「急がば回れ」かな?

店内に入ると、日当たりの良い窓際に感じの良い商品がたくさん置かれているのが目に入る。これを見ただけで私は幸せな気持ちになる。商品をぎゅうぎゅうに置かないので、お店というよりも、まるで誰かの部屋におじゃましたかのようだ。

小ぶりのグラスなんかは木の箱に仕舞われていて、「さて、今日はいっちょ日光浴でもするか」といったような感じで置かれているのがとてもかわいらしい。

写真集も置いてあり(特別なものがひとつもない日常の風景、廃れた街のカラー写真、名前もわからない誰かのポートレート…他人の日記や思い出を勝手に盗み見ているような気分になるものばかりで、とても魅力的)、ここで物色するのが毎回お決まり。

古本屋に行けば写真集はたくさんあるけれど、洗練された他の雑貨たちともしっくりくるようなこのお店に選ばれた写真集はどんなものだろう?と、気になってしまうのだ。

この日、私は小さなノートに小さな写真集、黄色いリボンにパールのついたブレスレットを買った。

このノートはアイディア帳にしようかな。一枚ずつ切り離せて絵ハガキにもなるこの写真集は誰に送ろうか?と考えながらパラパラと部屋でひとり、眺めるだろう。

ブレスレットは前からずっと欲しかったもので、とびっきりの黄色が夏の日差しで焼けた私の肌にピッタリだった。おまけにお店のステッカーも!

ここに来ると時間を忘れて、ずっと見つからない探し物を見つけようとしているみたいに、雑貨めぐりに没頭してしまう。

お店の隅々に置かれている、懐かしさ溢れる古めかしい商品たちのひとつひとつに魂が宿っている気がして、すべてに目を通したくなる。

なぜなら作家さんの商品も数多く置いてあり、ときおり展示もしているからだ。2019年という今日に、何十年も前のアンティークやヴィンテージ雑貨に混ざっても違和感のない、雰囲気ある作品を作り出している方がいることに感動する。

それらに触れると、まるで異国の地に来たような、またはタイムスリップしてしまったかのような気分になる。神保町にこのお店がある意味がわかる。

慌ただしくすべてが過ぎ去っていくかに思われる現代社会、こと東京は時間の流れが早いように、東京生まれの私でさえも思う。スクラップアンドビルドが深く根付いている東京には、新しいものが多すぎる。それ自体は良いことだけれど、置いていかれそうになるときもたくさんあるのだ。

だから私は、神保町やフェスティナレンテに強く惹かれるのかもしれない。「ゆっくり急げ」は野心に燃える働き盛りの私の励みであり、救いの合言葉だったのだ。

この日、フェスティナレンテの下の階にあるグリッチコーヒーを店員さんに差し入れに持っていった。フルーティーなコーヒーがとっても美味しいのでそちらも是非。

 

FESTINA LENTE フェスティナレンテ
東京都千代田区神田錦町 3-16
月曜定休日

web http://festinalente.shop
instagram https://www.instagram.com/festinalente.shop/
twitter https://twitter.com/FL_Jinbocho

written by

mao nakazawa

カメラマン、エッセイスト。1988年生まれ、東京都出身・在住。写真を撮ったり、文章を書いたりしています。
フィルム写真とともにブログ 「record of tokyo」 を日々更新中。お仕事のご依頼はお気軽に。

website: cameranakazawa.com
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