ひとり旅の途中で、葛飾納涼花火大会

essay, Aug. 2019

mao nakazawa

葛飾納涼花火大会当日は、くもりのち雨の予報。梅雨明けは明日なのになんというタイミング。そんなことを思いながらも、本日は決行とのこと、小さい折りたたみ傘と重いフィルムカメラを持って出発した。何を隠そう、mono.coto Japanのエッセイのために!

今日、私はひとりで花火大会に行くことにした。誰とも予定が合わなかった。もしかしたら地元葛飾の子なら一人くらい都合のつく子がいるかもしれないが、誰も誘いたいと思わなかったのだ。

10年以上行ってない花火大会だし、もはや初めて行くような気持ちになっている。

そうだ、今日の私はひとり旅の途中で立ち寄ったことにしよう。そんなことを思い、私はツーリスト気取りで地元の花火大会を訪れることにした。

私が葛飾納涼花火大会に最後に行ったのは中学生のころ。女友達と二人で浴衣を着て、可愛い鼻緒がついた履き慣れない下駄を履いて、柴又駅に降り立った。

超ローカルな京成金町線が賑わうのは、お正月とこの花火大会くらいではないだろうか?確かに人が多くて混雑はしているが、柴又自体はコンパクトな街だし、地元・京成立石からだとかなり近く20分ほどで着くので、行きも帰りもそこまで大変ではない。

中学生だった私たちは17時ごろ柴又に到着した。改札を降りて、ぞろぞろと流れる人の波に上手に乗っかって、会場となる葛飾区柴又野球場(江戸川河川敷)へと向かう。

途中美味しそうなカキ氷を買って、またぞろぞろ歩いて、土手に着くと人はいっぱいだったけれど、二人ならなんとか入れそうな隙間を見つけて座り込んだ。明るかった空は一気に暗くなって、そして花火大会は時間通りに始まった。そんな風に記憶している。

ひとり旅の途中、ふらっと地元の花火大会に訪れたツーリストのつもりが、結局あの日と同じコースで私はまた人の波に乗って歩いていて、かき氷もあの日と同じイチゴ味を選んだ。ずっと昔の思い出だから、夢で見たようなボヤけた記憶を辿っている感じもする。

梅雨明け直前、湿度たっぷりのじっとりした空気にかき氷はピッタリだった!柴又帝釈天前でかき氷をパクパク食べていると、浴衣を着た可愛い女の子がたくさん。私も着ればよかったかなあ、なんて思う。

喉も潤ったところで会場となる河川敷へとまた歩き出す。前に来たときよりも人が多くいるように感じた。人の多さと同じくらい、怪しげな雲もたくさん会場に集まって来ていてちょっと不安。心の中の期待と不安がぐんぐん膨らんでいくのが可視化されているようで、なんだか可笑しい。

あのころの私と同じ歳くらいの子たちの横に、ひとりこっそりと座って花火が上がるのを待った。その女の子たちに写真を撮ってと頼まれたので、カメラマンとして全力で撮影する。

雨が少し降ったり止んだり、途中晴れ間が見えたときには虹もかかって、フランクフルトの匂いとザワザワしている音と湿度の高い風に吹かれて、ただひたすら花火を待っていた。ひとり花火大会、案外楽しいかもしれない。

いよいよ暗くなってくるとポワポワと、人魂みたいな電球が点き始めて日本の夏らしさを感じた。今か今かと、待ちわびている人たちの熱気と興奮が肌ごしに伝わってくる。

私もつられてワクワクしていた。自分の内側と外側からエネルギーを感じられるって、なんてエキサイティングなんだろう。

10秒のカウントダウンの後、時間通りに始まった花火!雲は相変わらず多いけれど、風向きもよくバッチリ見える場所だった。始まる前の期待も不安もどこかへ吹っ飛んで、一瞬で咲いては消えてゆく花火にみんな夢中だった。

花火を人生で初めて撮影した。カメラを三脚に固定し、iso感度400、絞りF11、シャッタースピードは3秒。

花火に誘う相手も見つけられない私は今日に限らず、いつも“ひとり旅”をしている気がする。でも、こうやって同じ時代を生きている大勢の人と花火を見てるんだから、結局のところ私はひとりではないのだ。

そして、ひとり見つけたはずの新しい発見と過去に散らばってしまった思い出をひとり集めて記録してゆくと、こうして誰かに読んで見てもらえるのだから。

私のひとり旅は、まだまだ続いていく。

written by

mao nakazawa

カメラマン、エッセイスト。1988年生まれ、東京都出身・在住。写真を撮ったり、文章を書いたりしています。
フィルム写真とともにブログ 「record of tokyo」 を日々更新中。お仕事のご依頼はお気軽に。

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