晩夏へとゆくまでに

essay, Aug. 2019

七海ゆき

3年前の夏、岐阜と長野の県境にある山の麓の町、中津川に引っ越した。中津川は、それまで住んでいた名古屋から電車でおよそ1時間20分のところにある。中津川駅からさらに河岸段丘を上っていった先にある、メゾネットのアパートが私の小さな、自分だけの城だった。

名古屋にいたときは夏の蒸し暑さに身体がやられっぱなしだったが、中津川では一足早く秋がやってくる。夏が終わらないうちからひぐらしが鳴き始め、夜にはりんりんと鈴虫の合唱が響きわたる。

8月12日、そんな秋の気配がそろりそろりとやってくるころ。中津川では毎年決まって花火大会があると聞いたが、引っ越して最初の夏を一緒に過ごす友人や恋人はまだいなかった。ちょうど離婚して2年が経とうとしていたときで、それをきっかけにやりたい仕事を求めて中津川に来たのだ。

いまは、知り合いがだれも近くにいないここでの暮らしが、涼しい夏の夜のように心地よい。

花火大会当日。その日はひとりで晩酌はしないという禁を破り、ビールとチキンを買って花火を楽しもう、と決めた。仕事後のビールはやっぱり変わらずおいしくて、結婚も離婚もする前、独身だったころに、仲間に囲まれてわいわいと楽しく仕事をしていた日々を懐かしく思い出す。

中津川での暮らしに慣れるまでは、寂しいということすら考えていなかった。ただ、目に映るもののすべてが新しくて、不慣れで、いつも何かにぶらさがっているようなふわふわした感覚の中で半年を過ごしてきた。

インテリアにこだわったり、器を集めたり。初めてのひとり暮らしをあれこれ工夫することで頭がいっぱいだったのだ。

缶チューハイを持って2階へ上がると、ちょうど花火が上がり始めたところだった。坂の上にあるアパートのまわりは、視界を遮るものはなにもなく、レモンサワーを飲みながら咲いては散る花火を見つめる。

ああ、わたしはどこへでもいけるし、自由なんだ。

そのときの気分でお酒を飲んでもいいし、たまには奮発してチキンを買って、眠くなったら寝ればいい。自分で寝床を整えて、いつでも安心して眠りにつくことができる場所が、ここにはある。

花火は同じ場所にとどまることがない。すぐに消えてしまうから、だれもその美しい姿を引き止めておくことはできないから、自由なのだ。

わたしも同じかもしれない。まだ出会っていない人に急いで会いたいとは思わないし、もう過ぎ去ったあの人たちにに引き止められたいとも思わない。

中津川へだって、自分の意思で来て、いつかは去るのだと、はじめからわかっていた。

これから出会うであろう人たちも、どこかでこの花火を見ているのかもしれない。もしかしたら、そんなあなたを好きになるときがくるのかもしれない。

でも、わたしはあなたに想われても、そうでなかったとしても、やっぱり自由に自分の在り方を選べて、ひとりで歩けるのだろう。

一瞬で消える花火のように、孤独で、美しくて、自由な私。そんな自分を少しだけ夢想する、夏の終わりの夜のこと。

かつてあなたや、あの子や、あの人と見た花火は、もう消えてしまった。でも私はまた、これから出会う誰かとこうして花火を見るんだろうということを、予感していて。

過去へと消えてしまった花火は、今見ている花火とは全然違っていた。でももしかしたら、来年の花火とは同じかもしれない。

花火はそれくらい曖昧で、自由で、風に乗ってどこにでもゆける。

私もそんな花火のようになれるかもしれない── そう少しだけ思わせてくれる、夏の夜。

written by

七海ゆき

名古屋在住の歌人・ライター。旅と食べることと日本酒と古本屋が好き。 温泉と日本酒を求めて夫と旅をしています。

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