夜を見つけに、夜の中へ

essay, Aug. 2019

風間梢

日に日に暑さが増すころになると、思い出す。

「夏は夜」という古典のワンフレーズを。

ご存知『枕の草子』の一節で、「夏の風情をひときわ感じられるのは夜」という意味らしい。

けれど、そんな清少納言が見ていた「夏の夜」は、現代の夏の夜にはなかなか見つけられない。

だから私は山を目指す。より濃くて密やかな夜を求めて、くねくねと続くワインデイング・ロードの、その先へ。

「夏は夜」から始まる『枕草子』の一節は、こんな文章だ。

“夏は夜。月の頃はさらなり。闇もなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ1つ2つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし“

(夏は夜が良い。月が明るく輝く満月のころは言うまでもなく、月が見えない新月のころでも、蛍がたくさん飛びかっている様子など素晴らしい。そして、少ない蛍が1匹2匹とほのかに光りながら飛んでいく光景も趣きがある。雨がしとしとと降りしきるのも風情がある。)(1)

人工の光と言えば、油に灯心(とうしん/イグサ科の多年草の芯)を浸して火をともす燈台や燈篭、それに蝋燭くらいしかなかった平安時代。そんな時代の「夏の夜」は、さぞ闇が濃くて物静かだったに違いない。

だからこそ、月や蛍のほのかな光がより際立って見えたのだろう――「怖い」「暗い」と恐がられがちな夜だけど、そんな暗さでこそりんと輝く、自然の光があるのだ。

そう、ここにはそんな「夏の夜」がある。

不夜城のような広島の繁華街から、中国山地を縦断する松江自動車道を車で走り抜け、降り立った山里。「三刀屋木次(みとやきすき)インター」という、一目見ただけでは絶対にすんなり読めない難読地名の、静かな山あいの町だ。

そこから盆地に広がる町並みを抜け、さらに新たな山道を登っていく。峯寺弥山(みねじみせん)と呼ばれている、かつて山伏の修行場だった山へ。

密教の僧侶や山伏が住まう場所だっただけあって、急な山肌をくねくねと這う道は、なかなかの勾配だ。その信仰の中心だった峯寺は奈良時代から続く古刹だそうで、真夜中にひとりで登るとさらに迫力が増す。

お寺マニアの間では、素朴ながらも贅沢な手作りの精進料理を食べさせてくれると評判で、知る人ぞ知る人気スポットらしい。でも、昼間はそれなりの行き交いや賑わいがあるだろう山道も、その先に垣間見える荘厳なお寺も、今は深い静寂の中。私はそれらを通り過ぎ、ただ先を目指す。

――ほら、見えてきた。

山道を登り始めて、およそ5分。意外と短かった行程の末に、「峯寺遊山荘」という看板が。

素朴な山小屋が立ち並ぶ、お寺ゆかりの森林公園。駐車場に車を停め、それらをさらにくぐり抜けていくと、山の中腹から空に突き出した展望台に行き当たる。

――まるで、小さな宝石箱をひっくり返したみたい。

百万ドルでも絶景でもない、人口4万人あまりの町の夜景。

それはまさに、清少納言が愛でた月や蛍の淡い光のように、ささやかかつ密やかな「夏の夜」の風流だ。

小さな山里の、日々ささやかに懸命に生きている人達の光。

それを儚い蛍や月にたとえたら怒られるかもしれないけれど、でも、同じくらいじんと来るものがある。

夜明けまで待てば、盆地をうめる見事な雲海や、それを鮮やかに染める曙光も見られることがある――でも、もう帰らなきゃ。私が疲れて逃げ出してきた、人と音がひしめく都会のまぶしい夜に。

とんぼ帰りの強行軍だったけど、不思議と心は軽やかだ。

私だけの密かな夜が、古代の風流人が教えてくれた愉しみが、今を生きる力を与えてくれる。

明日になったら、まぶしすぎる今の夜も少し好きになれるかもしれない――そう思いながら、私は車のハンドルを強く握り直した。

Footnote:
1. 現代語訳:風間梢
参考:日本気象協会(tenki.jp)
https://tenki.jp/suppl/romisan/2016/03/07/10741.html

出雲大峰 峯寺 公式Facebook

written by

風間梢

フリーライター兼カメラマン。
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